私のような詩があるなら [私]
悪臭「希望」
収入の激減などこの夏は殊更我が身に厳しく、虚空を眺めるも自らの
愚かさを再確認するという諦念。
移転、と呼べば聞こえはいいが遁走とも思われる狭小マンション暮ら
しにて、毎日掌をじっと見つめて嘆息。
先日「松屋」という名の食堂にて「豚ショウガ焼き定食」なるものを口
に運び、しみじみと悲哀を知る。
愚直はこの世に馴染まぬことを、見て見ぬ振りを続けることで封印し、
現実を晒して落胆する毎日。
それでも、それでも、ああ、もう嫌になったんです。と言わぬことが
矜持かも知れぬと思い直し、街の陽炎を目指す。
グラス、否、コップの水が涸れた時、満ちていたその液体が何であった
のかは既に失念。それもまた人であった証のような。
胸底から、あたかもゲップのような悪臭漂う「希望」のふた文字。その
幼稚さに誰かが失笑している。
肉のような、皺のような、正体不明のタンパク質に全体重を預けて歩く
膝頭に、雷(いかずち)の疾走。
アナログなカセットテープを巻き戻そう。ノイズの彼方に輝ける私が
生きているから。
従兄弟のお葬式 [思い出・雑感]
まぁ、しごくあたりまえのことではあるけれど、すっかり街の
景観が変わってしまったことに驚いた。
それは今から50年近くも前のことだ。私が小学5年生の時に、
大学生の従兄弟が死んでしまった。その従兄弟は「民茂さん」と
いう名前だった。
ちょうどその頃、民茂さんのお父さんも痛風で入院していて、
民茂さんは自分もかなりお腹が痛かったのに、言い出せなかった
らしい。腹膜炎をこじらせてあっけなく死んでしまった。
民茂さんは、私の母親が入院している時に、私が落ち込んでいる
と思い、映画に連れて行ってくれた。私が落ち着きがないので
大層恥ずかしかった、と後で母親にこぼしていたらしい。
その時に見た映画は忘れもしない大映の「眠狂四郎魔生剣」と、
「悪名シリーズ」(題名は失念した)だった。確かに今から思えば
市川雷蔵も、勝新太郎も、田宮次郎も、かっこよかった。いや、
あくまでも、それは今振り返って改めて考えてみれば、ということ
でだ…。
さすがに小学4年生の私には、それらの映画は踏み入れてはいけない
世界の匂いがした。眠狂四郎の1シーンでは裸の女性がこちらに
お尻を向けて横たわっていた。ざわざわした気持ちが湧いてきて、
きっとそういうものに、いつか私は興味津々になって、のめり込んで
いくようなことを予想して、何とか回避しようとした。
女の人の匂いが、女の人のからだが、女の人の声が、やがて私は
大好きになるのだろう、という妙にはっきりした自覚が生じた。
私は大人しく席に座っていることができず、ふらふらと映画館内を
歩いた(らしい)。それが、民茂さんには恥ずかしかった、という
ことだ。
そんな出来事から少し経ち私の母親は退院した。しばらくしたら
訃報が届いた。あの、はにかんだような笑顔で、小学生の私には
かなり強烈な映画を見せてくれた民茂さんは、消えてしまったのだ。
お葬式で、私は民茂さんの妹の「時子さん」に酷いことを言ってしま
った。「ねぇ、兄妹が亡くなるって、すごく悲しいの?」と…。
私はあんなことを聞いてしまった自分を、今でも悔やんでいる。
とても意地の悪い、ひねくれた子どもだった私は、自分の家庭とは
違い、私立の中学から進学していくそこの従兄弟たち3人が、おそ
らく羨ましかったのだろう。そんな屈折した気持ちもあったのだろう、
酷いことを言ってしまった。
ごめんね時ちゃん。あれから私は40数年経った今でも、そのことを
気にしているんだ。
名古屋の繁華街に民茂さんの家はあった。最近用事があってその辺りを
本当に久しぶりに歩いた。少し回り道をして、かつて民茂さんの家が
あった場所へ行ってみた。そこはコインパーキングになっていた。
またあの時のお葬式のことを思い出した。階段を上ったところに、民茂
さんの部屋があって、そこには年上のお兄さんの独特の大人びた世界が
広がっていた。置いてある本も、掛けてある服も、聞いているレコードも、
みんな垢抜けて見えた。
街はすっかり変わってしまった。私もいつかすべての思い出を無くして
しまうのだろうな、と思った。
アジア大会 [思い出・雑感]
取っていて、日本のためにこの大会は開催されているのだろうか?
などという気持ちでいつも見ていた。
陸上も水泳も体操も…。すべての種目で、基本的にすべて金メダルは
競技を始める前から、日本にほぼ決まっていた。それが…。いつしか
日本の定位置だった金メダル獲得数ナンバー1は、中国になっていた。
今でも陸上競技で、沢木啓介選手が走っているシーンは記憶に残って
いるし、何だかどの競技もダントツに日本、という印象だったのに…。
こういうことが時代の趨勢というやつなのだろう。傲る平家は久しか
らずや…。行く川の流れは絶えずして…。まぁ、時代は変わるわけだ、
それはボブ・ディランの歌のように。
それらを受け入れることを拒否すれば、今のこの時代には生きていけ
ない。挨拶もしない。マナーも守らない。尊ぶこともしない。もちろん
謙譲なんて言葉は死語だ。
私は、実はそういう変わってしまった時代に適応できない自分が、ひどく
情けなく、故に、悲しい。これから、もうきっと私が思う、否、願う
日本人像は生まれてこないのだろう、と諦観している。
それはまさしく、ものの見方や感じ方、倫理観をも含めた私が望む日本、
そして日本人が、既に限りなく少数派としてしか認められなくなった、
という証に過ぎない。
アジア大会の話を持ち出したことは、つまり中国という国のものの見方を
受け入れること、それが即ち日本人のアイデンティティ喪失と無関係では
ないように思ったからだ。そしてそれが否応なしにスタンダードになる。
怒りは捨てたし、達観も訪れない。時の流れを傍観するだけにしよう。
昭和な私、偏狭な私。 [日本人]
なんだかんだですっかり更新をしていなかったこのブログ…、
まぁ、誰に強制されるわけでもないし、これからもぼちぼちと
書いていきます。
8月、9月と、まさしくかつて経験したことがないほどの業績不振!
なんて書くと大きな会社みたいですが、個人事務所です。いやはや
誰かが間違えて発音した「未曾有」です。いや〜、参ったなー…。
といったペシミスティックな話はさておき、今日はディズニーランド
のこと。あの施設は、一度行ったけど、どうにも性に合わなかった。
今後二度と行くことはないだろうが、なかなかに人気があるらしい。
好きな方にはたまらないのだろう。夢がいっぱいあるらしい。そういう
方から言わせれば、私は変人も変人、超変人になるに違いない。で、
特に何が好きではないか、というと例の着ぐるみが、どうにもだめ。
私世代の子ども時代は、あんな着ぐるみなんて見かけようものなら、
うしろから跳び蹴りをしたりして、(ごめんなさい)中に入っている
人物を激怒させていたものなのだ。かわいい?なんて思う感受性が
はなっから欠落している。
いつからか日本は「ゆるキャラ」という奇妙な着ぐるみがのさばり
始めて、ぬるーい空気を攪拌しながら歩くようになった。角の生えた
坊さんがいたりして、これは諸外国の人が見たらあきらかに悪魔だな。
幼児や婦女子がぬいぐるみや人形を可愛い、と思う気持ちは分かるよ。
それらには擬人化して遊戯を楽しむ、というごくごく成長過程におい
ては自然な行為の出演人物(動物)としての役割を感じることができ
るから。男の子が飛行機のおもちゃを持って「ぶ〜ん」とやるのと
同じだろう。
でもさ、着ぐるみって、中に入っているのはバイト代もらって働いて
いる方々でしょう。ミッキーでもグーフィーでも、ま、ドナルドは、
ちょっと好きだけどね…。
6歳頃のこと、雑誌に「ディズニーランド」という名前のものがあって、
ずいぶん欲しかった記憶がある。アニメのディズニー映画にもこころが
踊った。なんて可愛くてデザイン的に(子どもがこんな言葉で感じるわけ
ではないが…)垢抜けているのだろうと。おまけに書体もかっこよかった。
ある時、そんな私の前に着ぐるみが現れた。まぁ、そんなものはわれわれ
の絶好の攻撃対象だし、見るのも恥ずかしかったし、その動きもまるで
のろくて、どうにもいたたまれない気持ちになった。視界が狭いのだから
当たり前だけども。
よくできてはいても、それは好感が持てなかった。ある意味、夢を壊す
ものだった。すんごく感じたのは「ニセモノ感」。本や映画の中でこそ、
ふくらんだ想像力が、つまり無いはずのものだから楽しかった気分、が
目の前に現れることによってつまらなくなった。魔法から醒めたのだ。
明らかに、昭和の人間の感覚なのかなぁ。ウオルト・ディズニーさんが
望んだ世界観はこういうことだったのかなぁ?いつもその陰に見え隠れ
しているのが「お金」っぽい、不思議な感じ。そして、高い料金を払って、
入場できる人々や、その家族はある意味「幸せ」なのだろう。ああ、
とうとうディズニーランドに来られるようになった!ってね。
VIP用のパーティールームで金持ちの子どもたちや、その母親が集まっ
て誕生日会を催す。それが子どもたちに夢を与える素敵な施設なのだ。
偏狭な私は、いつしかお金で買えないものこそが、いちばん大切で、
それこそが夢を生む原動力になるものなんだ、と思い込んでいた。もう
いちど、ゆっくり考えてみなくてはならないようだ…。ね。
女性たちよ! [日本人]
乳がんや子宮頸がんなどの病気から、自らの身体を守るために
女性たちがさまざまな活動をしている。子宮頸がんなどはワクチン
投与を若い時から行えば、かなりの発症を抑えることができると
聞いている。
そんな女性たちには大いに共感を覚えるし、頑張って欲しい、と
思っている。
ところが同じ女性でも、40代の美乳、などということに興味が
あり、雑誌の特集を懸命に見ている方々もいるようだ。その頁には
惜しげもなくおっぱいを見せ、その美しさを披露している女性が
微笑んでいる。
しかし、これは改めて考えてみれば、あれほど女性たちが嫌って
いたはずの「女性の商品化」ではないのだろうか?所謂、ミスコン
に反対していた理由と同じ、女性の外見における格付けなのでは?
と、私は思ってしまう。
未婚の若い女性が、顔立ちやスタイルのことを気にするのは、ま、
言わば当然のことであって、やっぱり美人と呼ばれたいのは致し方
ないことだと思う。また、スタイルがいい、と言われたいのは誰しも
だろう。若いのだから外見に対する価値観が高いのだろう。
しかし、結婚もしており子どもまでいる女性が、まだおっぱいの形に、
というのはいささかがっかりである。女性の中には乳がんで乳房を
失った女性もいるだろう。あるいは自らが望むサイズとは異なるバスト
サイズの女性もいるだろう。
けれども、ある程度の年齢になりさえすれば、外から見えるもの、
(あるいは所有しているモノ)よりも大切なものがあることに気が
付いて、人間は成長していくのではないだろうか?
われわれ男性の中にも、大切な肉親や伴侶、恋人を女性特有の病気
から何とか守りたい、と考えている人々がきっと数多くいるはずだ。
自分にとってかけがいのない女性。その女性のおっぱいの形を
よくすることよりも、それは遙かに大切なことだ。
女性が自らの身体を守ることに積極的に取り組むことは、男性や社会
にとっても望ましいことだ。そんな女性たちがいるのに、40歳を
過ぎてからのおっぱいの形にこだわる女性がいる…。
ところで、その美しい形の乳房は、誰かに見せるためのもの?夫に?
それとも、鏡に映してうっとりする自分のため?
何気なくポータルサイトのバナーを見たら、女性雑誌の広告が目に
とまり、ついつい飛んでしまった…。美乳のみなさま、決して美乳が
嫌いなわけではありません。悪しからず。
しかし、誰に見せるのだろう…?(くどい!)
戦争・原爆・日本人について。2010夏 [戦争・原爆・日本人]
毎年、この季節には必ず「戦争、あるいは原爆」のことについて
書いてきた。そしてまた、今年も書こうか、と思っている。
ただ、いつも同じようなことを書いていても能がないので、今年は
例年とは違った観点から書いてみようと思う。
それは「日本人の死生観」もっというなら「日本人の考える死とは」
という観点だ。
実は前々から不思議に思っていたことがあった。それは、原爆にしても
沖縄地上戦、日本の各都市への空爆など、数え切れないほど多くの
死者(犠牲者)を(一挙に)米国によって強いられたことに対して、なぜ、
あれほど大人しくしていたのだろうか、という疑問だ。つまり、一般市民を
含めた人々の命を、大量に一気に奪う、という行為において、なぜ、米国を
戦後に糾弾しなかったのだろうか?という疑問だ。(その最たるものが原爆
投下だ)
諸外国、特にアジアの中国、韓国は、戦後65年を経てもなお、補償を
しろ、などと言っている。その執念深さに比して、いかに日本人は諦めが
いいのか…、と感じる。
敗戦国として関係者が裁判に諮られ、その結果を受け止め処刑、処罰され、
所謂「清算」という奴は形式上、終わったはずだろう。ところがだ。
日本は戦争を始めた国だから、という理由で未だに悪者扱いされ、言わば
連合国側の言い分を正当化するためのスケープゴートにされている。
また、その象徴が「原爆投下」だと思われる。戦争を始めた国に落とした
のだから、正義になるのだ。卑怯な攻撃(真珠湾攻撃)を行った国だから、
いつまでも許されないのだ。簡単に言えば、そういうことになる。
万が一、ドイツがアメリカに原爆を投下していたら、そしてそれによって、
アメリカとの戦争が終結し、ドイツが勝利したら、その行為は「正義」に
なるのだろうか?
冗談言っちゃ、いけない。それはただ多くの命をいっぺんに奪い、人道上
許されない行為として永遠に糾弾され続け、下手をしたら国そのものさえ
その後、奪われていたかも知れない。
だが、それは無知であったからこそ行われたことでもある。原爆があれほど
悲惨な結果を生み出すものだとは思っていなかったのだろう。だから、できた。
私は、だからこそ、いつも考える。アメリカ人もアメリカも悪くはない。
もちろん、あの時代に戦争をしていた国の人々も、決して悪くはない。
人類が悪いのだ。
あの時代、欧米列国が次々とアジアを植民地化していけば、自ずとそれに
拮抗するだけの武力と文化をもっているアジアの国があれば、白人に対して
抵抗をこころみるのは自然なことだろう。
あの戦争は、結局最終的には「白人と黄人の戦い」になってしまったのだ。
アングロサクソンを筆頭にした白人たちのプライド。どうにもそれが根底に
あるように思えて仕方がない。
第2次世界大戦が始まるそのほんのわずか前の時代、黒人たちは白人たちの
奴隷として、ありとあらゆる残酷な行為を彼らから受けていた。しかも、
戦争という人々の理性が全く働かないような有事の時であれば、敵を倒さ
なければ、という理由が成り立つだろうが、まったくそうではない。
敵でもなく、自分たちの家族や友人たちの平和を脅かす存在でもない。
そんな黒人奴隷に対して、どれほど酷いことをしていたか…。肌が黒いから。
文化水準が低いから。そこから推量すれば、黄色い肌の日本人が植民地を持つ、
などということが、あるいは、白人に刃向かうなどは、言語道断だったであろう
ことは想像に難くない。
鬼畜米英、アメ公、日本人の彼らに対する冒涜的な表現が「憎さ」から
発想されているのに対して、アメリカ人はJAPだ。これはおそらく人種的な
差別感覚から来ている。やはり白人が上。このことを私たちはきっと
忘れている。(しかし、冷静な目で見れば白く透き通るような肌と、
青や緑などの瞳、金色やうつくしいブラウンの髪の毛を持つ白人と
われわれは悲しいほど違いすぎているわけではある…)
そしていよいよ「日本人の死生観」ということになる。私は日本人を美化
するつもりはない、731部隊のことも、南京での虐殺、重慶への空爆、
自国民をも殺めてしまう、狂った思想を植え付けられていたことも、慚愧に
耐えないが真実だと認めている。
ここで辿りついたのが、日本人の命に対する潔さだ。切腹、などという
ことをしてしまう民族など世界中皆無だろう。以前にも書いたが、輪廻転生
という感覚が、どこかに染みついている日本人は、何度大火事があろうが、
石で家を建てようとはしなかった。燃えることが分かっているのに…。
なくなってしまうかも知れないのに…。
しかも、それは自分の命さえ危険にさらされるということであるのに。
生きて虜囚の辱めを受けず、と教えられ、自害を求められる。あるいは
全員死亡を玉砕と呼ぶ。これらにあるのは「死への美学」だ。
何らかの大義名分があれば、死ぬことは美しいことなのだ。そういえば
日本人の自殺率はかなり高い。私自身でさえ、死ぬことを考えると、
なぜだか「かっこ悪く死ぬのは嫌だ」などと思ってしまう。死ぬことに
かっこいいも悪いもないのに…。
だから、空襲で多くの人が亡くなっても、悲しみはするが、あまり命に
対しての執念は感じられない。生きることへの執念が足りない日本人。
だから、他国の人にもそれを当てはめてしまう。ああいう時代だったの
だから仕方がなかった…。日本人はそう思う。
アジアの人々に確かに酷いことをしてきた日本。それは「死」に対する
見解の相違も大いにあったのではないだろうか。ちなみに、自国の戦死者に
対してもその感覚は同じだ。日本人は「命を軽く見ている」人種なのだ。
というわけで今年の「戦争・原爆ブログ」は、終わりです。最後までお読み
いただき感謝いたします。また、内容につきましては、あくまでも全てが
未熟な私のごくごく個人的な意見です。ご了解ください。
月が教えてくれたもの [思い出・雑感]
夜空を見上げれば(天気さえ良ければ)必ず月がある。満ち欠けを繰り
返しながら月はいつだって頭上に輝く。物心ついた頃から月は私の傍に
あった。
木造アパート2階にあった窓の縁に腰掛けて見上げた月は、今も変わら
ない。月を見て、人をうらやみ、肉親を恨み、自分を卑下した。睡魔が
やってくるまで月は私の心との会話に時間を割いてくれた。
「上を向いて歩こう」という歌が大ヒットした時、私は小学生だった。
けれど、歌詞の意味がなんだかとてもよく分かった。乾いた布に水が
染みこんでいくように…。そうか、上を向けば涙はこぼれないんだと。
あれからかなりの歳月が流れた。相変わらず、私は月を愛している。
つい先日も、飲んで夜道を歩きながらふと空を見上げた。そこには
見事な半月が浮かんでいた。ああ、きれいだなぁ、と思った。
肉親との縁が薄かったから、ひとりは平気だった。むしろ、ひとりの
方がずっと居心地が良かった。ひとりで本を読み、ひとりでテレビを
見て、ひとりでラジオを聞く。そして、いろいろなことを夢想した。
(夢精じゃないよ)
そんな私に、月はふさわしいような気がした。いくら見ていても見飽き
ない。そんな魅力が月にはあった。私はどうしてこれほど月が好きなの
だろうか?
若い頃、ずいぶんと悲しい思いをしたことがあった。それは、自分が
どう抗おうとしても、その濁流に呑み込まれてしまうしかなかったこと。
「諦めなさい…」その時の私に、月はぽつりと呟いた。
肩に載っているもの [雑感]
おじさんは、肩を組むのが好きだ。特に、若い人と組むのが好きだ。
できれば妙齢の女性が本当は内心うれしいのだが、相当なリスクが…、
即ち「セクハラ」と糾弾されてしまうので逡巡した挙げ句、近くに
いる若い男性の肩で妥協して組んだりしている。
おじさんが望んで組むその若い肩は、細く、頼りなく、乾燥しているが、
これからの希望のようなものがちょこんと載っていることが多い。
おじさんは、それが希望のようなものだということに気が付いている。
だから、ふとしたはずみにその希望もどきが、じぶんの手のひらや
二の腕を伝って、こちら側につつっ、と来たりしないだろうかと期待
したりしている。
おじさん同士が肩を組むと、その肩はじっとりと汗ばんでいるから、
あとでそっと触れた素手の部分をおしぼりで拭いたりする。しかも、
明らかにときめきを覚えるようなものは、おじさんの身体には載って
いないので、あっさりとそのおしぼりに粘り気だけをなでつけてお終い
にする。
ごくたまに、それでも、いかにも、予想外に。渋く、かっこよく若い
肩には決して載っていない「希望の先にあるもの」がどうどうとその肩を
占領しているおじさんがいる。
ああ、あれはきっと達成感みたいなものなんだろうなぁ…と。ただし、
いくら手を伸ばそうが、つかもうとしようがどうにもならず、それは
肩や背中で鼻歌を歌いながらひらひらと踊っているだけだ。
そういういい感じのおじさんと間違って肩を組んだりすると、私は落ち
込む。同じおじさんなのにと。しかし、落ち込んだことをすぐさま忘れて
しまうのもおじさんの私なので、飽きもせず肩を組み続けている。
いやんなった〜。 [雑感]
ずいぶん更新をさぼってしまった。実は、選挙プランナーのような
仕事もしていたので、それで多忙だった。他の仕事も重なって…。
しかし近ごろやたらと感じることがある。それは、人間関係に
おける軋轢だ。私の価値観は、もうすでに古いのかもしれない…。
メールを受け取る。受け取りましたよ。と返信を送る。これは普通の
ことだと思う。仕事でのメールのやりとりであるから、着いているのか、
その送られてきたものについての意見はどうなのか。それが気がかり
なのは、誰しもだと思う。
しかし、返信は来ない。やがて不意打ちのように、あの件ですが、と
ずいぶん前に送った件について、明日までに対応して欲しい、などと
連絡が来る。
ふざけるな。君は、仕事を、そして、君の仕事をサポートしてくれて
いる人々を軽んじすぎている。
私が伝えたいのは、対価の問題ではない。ギャラをよこせ、と言って
いるのではない。その不誠実で、無責任な、君の態度についてだ。
遊びと仕事は別だ。遊ぶときには、徹底的に遊べばいい。けれども
仕事は別だ。仕事には「命」がかかっている。それも、みんなの
「命」が。君に、そんなことを言っても全く無意味なことだろう。
実は、君の行為によって、私は自分の仕事にさえ疑問を持った。私は
馬鹿みたいだ。君の仕事がうまくいくことを願って力を尽くしたこと。
私は、私の、私が、そして、私を。全て、虚しく砂の中に吸い込まれて
いく。
素敵なおばさんになろう! [雑感]
ツイッターとかブログとか見ていると、何だか女性、それも結婚している
女性や、明らかに40代前後からそれ以上の女性に向けて「美しくある
こと」をかなり熱く語っているものが多いことに気が付く。
それもほとんどのパターンが、女性だけのグループ(チーム?)があって、
お互いにその思想?がいかに素晴らしいかを補完するようにつながって
いる。しかもご丁寧にみなさん顔出しまでしていらっしゃる。そこに
登場する女性たちは美しく着飾って、楽しげにパーティーやら食事会など
充実した毎日を過ごしていらっしゃるようだ。
また、話題はエステ、ネイル、コスメ、ダイエット、ファッション、グルメ、
などなど。そればかりではあまりにビジネス丸出しなので、一応他の話題も
混ぜ込んではある。だが、読み込めば読み込むほど、ほとんどの場合は
自らのビジネスに誘導しているようにしか見えない。
素敵でしょ、私の生き方!娘といたら、お姉さん?と言われたわ!昨日は
モデルの ちゃんと情報交換!…!
いーえ、けなしている訳じゃありませんよ。今や趨勢は「そっち方面」で
あることに異論はございませんとも。
そんなにきれいな中年女性(おっと、こういう表現は反感を買ってしまう)
のみなさんには、仮にお子さんがいたとしても決して「お母ちゃん」とか
「おかん」なんて呼ばせることはありえないのだろうな、もちろん。
若さは素晴らしい。けれども年月を経て刻まれた皺もシミも十分に素敵だ。
美しくあろうとする努力を否定する気は毛頭ないが、ちょっと違うんじゃ
ないか、と感じてしまうのは私がひねくれているからかも知れない。
自分磨き…、って、そういうことだったのか。自由に生きる、って、
そういうことだったのか。ある方のブログを見ていて、いかに自分が
女性について無知であったかを知った私だった。






